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「どうぞ」
 待ち合わせた場所で車に乗り込んできた高耶にいきなり花束を渡しても、またか、という顔をされただけですんだ。
 内心、つっかえされるかと思っていたのだが。
「貰いもん、とか言ったら怒るぞ」
「まさか。あそこの花屋で目についたので」
 直江が示した先には、小さな花屋がある。
「にしても毒々しいな」
 白い花びらの中央に、紫色の斑点模様が散らばっている。
「ええ、毒々しいですね」
 直江は楽しそうに答えた。
「なんだよ」
「いいえ」
 "虎百合"とつけられた札をみて、衝動的に買ってしまった。
 ユリという名を持つが、アヤメ科なんだそうだ。
 店員は丁寧に花言葉まで教えてくれた。

  誇らしく思う
  私を愛して

「なんて花なんだ?」
 問う高耶に、直江は意味ありげな視線を返す。
「どうしても知りたいですか?」
「……やっぱいい」
 あんまりいい予感がしない、と高耶は顔をしかめた。
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 本当に久しぶりに松本の自宅に帰ってみると、美弥がベランダへの戸を開けたまま、ぼーっと座っていた。
「ただいま」
「おにいちゃん」
 暗示のお陰で美弥には久しぶりという感覚はない。痛ましく思って高耶も一緒になって隣に座り込んだ。
 ふたりの視線の先には鮮やかな花を咲かせるプランターがある。
「松葉ぼたん……」
「そう、お母さんが送ってくれたの」
「おふくろが?」
「昔の家の庭にもあったんだって?美弥はぜんぜん覚えてないよ」
 高耶は切なくなって、美弥の肩に手を回した。とても小さくて頼りない身体。
 本当はずっと傍にいてやりたい。自分が護ってやらなければならないのに。
 自然と抱く手に力が篭った。
「おにいちゃん」
「ん?」
「いいかげん、妹離れしないとね」
 思いがけない言葉に高耶は目を丸くした。
「じゃないと美弥、いつまで経っても彼氏が出来ないよ」
「美弥……」
 おどけた風を装ってはいるが、自分のことは心配いらないと言いたいらしい。
 確かにもう高校生なのだ。誰かがこうやって美弥の肩を抱く日もそう遠くないことなのかもしれない。
 ……………。
 冗談じゃない。
「美弥」
「ん?」
「彼氏はまだちょっと早いだろ」
「……おにいちゃんてば」
 もう、と言いながら美弥は小さく笑った。

 宿毛での打ち合わせが終わり、高耶はバイクを停めた駐車場へと向かっていた。
 途中、廊下の窓から外を歩く直江の姿を見かける。
 ペットボトルを手に、足早に歩いている。
(………?)
 向かう方向には、特にこれといった施設もない。
 少し挙動不審だ。
 何かを企んでいるのなら放っておく訳にはいかないと、高耶は後を追った。

「何やってるんだ」
 急に背後から声をかけられて、直江は驚いた。
 振り返るとそこには腕組みをした高耶が立っていた。
 まだ話すつもりはなかったのに知られてしまったバツの悪さから、直江は笑顔を浮かべた。
「ここの敷地の角に転がっていたんです」
 直江の足元には同じ植物の鉢が、四つも並んでいる。
 葉からいって、ランの一種のようだ。
「花が咲くと思いますか」
 言いながら、ペットボトルの水を鉢に注ぎ始めた。
「すぐには無理だろうな」
 そう言って鉢の前に屈み込んだ高耶は、なんでまた、と問いかけてきた。
「好きだったでしょう?」
 遡る事二百年。江戸の頃には、どんな家にもこういった古典植物の鉢がひとつやふたつはあって、鉢を見れば家主の心根がわかるなどと言われたものだが、景虎の家にもよく手入れされたものがいくつか並んでいたのを思い出したのだ。
「……もうどれだけ前になると思ってるんだ」
 高耶はそう笑うと、直江に向かって手を差し出した。
「お前には無理だろ」
 どうやら自分でやりたいらしい。
 直江は苦笑いでペットボトルを渡した。

「お疲れ様」
 綾子は庭先で枯れた朝顔に話しかけていた。
 最後に花が咲いていた場所に種が出来ているのに気付いて、手に取る。
 憑依を解いてやった女性が、育てていたものをわけてくれたのが夏の初め。
 大した世話もしていないのに立派に咲いてくれた。
 真っ白な、花だった。
 手に取った種をそのまま直接地面に埋める。
 手入れなどしなくとも、きっと見事な花をつけるだろう。
 そんな予感がした。
 来年、この花が咲く頃、自分は一体どこにいて何をしているだろうか。
(景虎………)
 あまりにも色々なことがありすぎて、今は何をどう考えていいかもわからない。
 絶対に変わらないと思っていた絆はもう、失われてしまったのだろうか。
 確かめなくてはいけない。
(明日、出発しよう)
 綾子は心を決めた。

桜の若木が、柔らかな緑色の葉を揺らしている。
今年もまた、花はつけなかった。
やはりまだまだ、若いのだ。
何か話をしても良かったのだが、隣にいる男はきっと想いに浸りたいだろうから、何も言わずにいた。
というか、もしかして自分がここにいること自体が邪魔か?
(しょーがない、どっかブラついてくっか)
「……長秀?」
急に歩き出した自分に、男は声をかけた。
「ごゆっくり」
片手をあげて言う。
「……ああ」
背後で、微笑っているのがわかった。
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