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「ひ~~~死ぬ」
 ほぼ同時に最後の段を駆け上って、三人は倒れこんだ。
 上気した頬が三様に赤い。
「今のはオレだろ」
「いや、俺だよ」
「ばーか、俺様にきまってんだろ」
 息を切らしながら言い合っていると、
「じゃあもう一本!」
と譲が叫んだ。
「次は大差をつけて勝ぁつ!」
 拳を振り上げた記憶喪失の総大将も、まだまだ元気いっぱいのようだ。
 千秋は高耶と譲とともに、学校裏の名物階段までやってきていた。
 運動部の連中がよく練習に使う場所で、いわゆる「地獄の階段上り」というやつだ。
 軽い足取りで下りていく高耶と譲を見送りながら、
「勘弁してくれ……」
と呟いた。
 何でこんなことを始めたかといえば、負けた人間が牛丼を奢るという話だったのだが。
 もう負けでいい、とうなだれる千秋だった。
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 カキ氷屋の前で、千秋が赤い字を指差して言った。
「いちご」
「オレ、ブルーハワイ」
「俺も」
 高耶と譲が青い字を指差すのをみて、千秋が鼻で笑う。
「ばぁか」
「?」
 千秋の謎の言葉の意味は、数分後に判明した。
「お前ら、くち開けてみ」
 二人そろって開いた口の中は、見事に真っ青だ。
「ガキかよっ」
 そう言って、千秋は大爆笑を始めた。
 高耶がそれを白い眼で見る。
「いいじゃんか夏っぽくて。ねえ?」
 明るく言う譲の隣で、
「こんなんで笑うほうがガキだろ」
 高耶は負け惜しみのように言った。

 夜更かしして眠いとかで、昼休み、机に突っ伏して眠っていた高耶ががばっと起き上がった。
「高耶、起きた?おはよう」
 譲が声をかけても返事がない。
 様子がおかしかった。
「高耶、顔が真っ白だよ。大丈夫?」
「………ああ」
 やっと返事をした高耶の声は酷くしゃがれていた。
 身体が小さく震えている。
「寒いの?」
 こんな真夏におかしい。熱でもあるんだろうか。
「いや、平気だから」
 立ち上がった高耶は、そのまま教室を出て行こうとする。
「高耶?」
 慌てて後を追った譲だったが、高耶は振り返りもせずにずんずんと廊下を歩いていってしまった。
 同級生達の喧騒の中、誰も寄せ付けない背中がまっすぐに遠ざかっていく。
 制服のシャツの白が、冷たい氷のようにみえた。

 明日の一条方残党兵一掃作戦ではきつい勾配越えがあるということで、
直江は登山用のロープを準備していた。
「ナイロンザイル事件なんて、ありましたねえ」
 ロープのひとつを手に取って直江が言う。
「んーあったかもな」
 確か1950年代の話だったと思う。
 正直、あまりいい思い出のない頃だ。
 ちらりと直江を見たら目が合った。
「縛って欲しいんですか?」
「……………」
 無言で視線を戻した。

「昔、医師の元に居候していたことがあると洩らしてしまったらこれです」
 医務室に行ったら、中川の代わりに直江が白衣を着ていた。
「昔ってどんだけ昔だよ」
 仕方なく直江に包帯を巻きなおして貰った後で、その姿を眺める。
「おまえがそんなもん着てても、いかがわしいだけだよな」
 こんなのが病院にいたら、やたらと人目をひいてしょうがないだろう。
「それはそそられるという意味ですか?」
 直江が両手をポケットに入れて、白衣を拡げてみせる。
「どこをどう聞いたらそうなるんだよ………」
「でも、好きでしょう?こういうの」
 半目になる高耶を、直江は白衣で包み込むように抱きしめた。
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