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『 30.渦 みっつめ 』≪≪    ≫≫『 32.亡命者 』
   
お題Index


 流れ者。昔からそういう人間はたくさんいた。
 都会には無宿人連中を受け入れるコミュニティが必ずあって、それなりの勢力を築いていたものだ。
「おう、リュウちゃん」
「ミツオさん!久しぶりやなあ!」
 とある河川敷。
 白いひげを顔中に生やした初老の男性と黒ずんだジャージ姿の中年男性が、親しげに会話を始めている。
 こういった宿無し連中は、いまや勢力どころかまともな権利を持つことさえ許されてはいないけれど、皆社会性を失うことなくきちんと生活している。
 所詮、人は独りでは生きられない。
 自分は、そのことを誰よりもよく知っている。
 老人と中年男性の会話は近況報告から始まって世間話に至るまで、かなり長い間続いていたが、そのうちに老人の方が自分のほうへと興味を示した。
「あの子はずっとあそこにおるなあ」
 それを慌てて男性が引きとめる。
「やめときって」
「ええ?なんで?」
「こないだムラタさんがあの子に声かけよったら、ムラタさん、しばらく吐気が収まらんかったらしいで」
 一応声を潜めてはいるものの、地声がお大きいせいか殆ど丸聞こえだ。
「ヨシさんなんてあの眼帯の下の目ぇ見ただけで、そのあと一週間も寝込んだんやて」
 なんでもな、と更に声が小さくなる。
「赤い眼やったとか」
「へえ………」
 背中を、ぞわぞわと嫌な感じが襲った。
 身体から溢れ出そうになる感情を、ぎゅっと抑え込む。
(わかってる)
 鬼八。おまえの気持ちはよく分かってる。
 悪いのはおまえじゃない。
 おまえは家族を、仲間を護りたかっただけだ。
 愛するひとを、その手に抱いていたかっただけだ。
 言いたいことは、ちゃんとわかってる。
 オレだって、親だと思っていた人のいいつけを守って、必死に生きてきただけなんだ。
 四百年も、バカみたいに。
 なのになんでだろう?
 どうしてこうなってしまったんだろう?
 二人の男性の、奇異なものをみるような視線が痛い。
 何故いま、オレはひとりなんだろう?
 何故、あの男が傍にいないんだろう?
 見上げた空には、雲が一筋だけ浮かんでいる。
 きっと、今夜も晴れるのだろう。
 都会の空でも、月だけはよくみえる。
(鬼八。お前が亡き故郷を想って啼くのなら)
 今夜は自分も、もう二度とこの手には戻らないものを想おう。
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